3+3+3は
帰りに東京駅構内を歩いていて不思議な感覚を覚えた。
8月18日
中部国際空港からタイ航空TG645でバンコク入りし、そのまま派手なバスで約70Km北のユネスコの世界遺産に指定されているアユタヤへ向かった。
小さなホテルのチェックインを済ませ、少し離れたレストランでタイでの初めての夕食を取っていると窓の外に・・・
食事の後はライトアップされたアユタヤの遺跡を見学したが、途中でライトが突然消えた。電力事情は良くない。
停電はあったが、ライトに浮かび上がる遺跡は何とも言えぬ雰囲気がある。
8月19日
朝、ホテルを出発し、朱印船貿易に携わった日本人町の跡に行った。
当時1,500名ほどが住んでいたが、今は観光スポットになっており定番の土産物屋では日本語で客引きしていた。
その後はアユタヤの遺跡巡り。繁栄期にはシャム(タイ)の首都として栄えたがビルマ軍に破壊され、首の無い仏像が多く物悲しい。
一頻り、遺跡や寺院の見学をした後は、象の背中にゆられての散歩をしたが、高い位置からの眺めは良く、象はとても従順。
夕刻バンコクに移動し、夜景を楽しんだ後は民族舞踊を見ながらのタイ料理をいただいた。
本当は雑踏で屋台の料理を食べたかったが、日本人はお腹をこわすらしいのでパス。
8月20日
バンコクの道路は日本車だらけで、非常に混雑しており、一見荒っぽい運転に思えたが不思議な秩序でクラクションを鳴らす車はほとんど無かった。また、オートバイは3人乗り、4人乗りは当たり前で、車の間をすり抜けていく。
自転車は観光用を除き、ほとんど見かけなかった。一家に一台のオートバイらしい。
午前中に王宮の見学をした後、タイ式マッサージを体験したが、想像より痛くなく非常に快適で病みつきになりそうだ。
夕食後は昔、彼で今は彼女となったきれいなダンサーのショーを楽しんだ。海外から多くの改造希望者が集まるタイは彼女達?にある一定の地位があり住みやすい街らしい。
8月21日
バンコクから’戦場にかける橋’で有名なカンチャブリへ。
泰緬鉄道はタイからビルマまでの約400kmの鉄道で、第2次世界大戦中に旧日本軍が連合軍捕虜とアジア人の強制労働によって、工期5年とされたものを15ヶ月の突貫工事で作り上げた鉄道。現在も一部、タイ国営鉄道によって運行されており、乗車することができた。
クワエ川鉄橋は’戦場にかける橋’のモデルで列車の来ない間は観光客だらけ。
当然、エアコンは無いが全開の窓から心地よい風が入り、騒音はひどいがまずまずの乗り心地。
バンコクに戻る途中で休憩の為に寄ったコンビニはカラフル。
8月22日
深夜便でバンコクから名古屋へ。
今回のタイ旅行はわずか5日間の短い駆け足だったが、少しだけ歴史の重さを知り、初めての経験も多く息子達にとっても良い経験だったと思う。是非またゆっくり訪れたい。
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